2017/06/23

DMのその後


前回の入稿の記事から一苦労ありまして。。
 

ギリギリの進行具合だったので、早く仕上げてもらえる
データ完全入稿の業者さんに初めて発注してみたのですが
上がってきた色の悪さに落胆からの、


過去いつもお世話になっていた印刷屋さんに泣きつくことに。
最初からそちらにお願いすればよかったものを。


結果、急なお願いにも親身に対応していただき
満足のいくものにしていただけました。
難点があるならそれは私のカメラの腕の問題です。。


まだまだ制作作業もてんこ盛りですが、一日DMを書き書き。
これも大事な仕事なんだな。
また明日から金属と格闘します。
できるとこまでやるしかない。


なんて言いつつ先日、大量の青梅が我が家にやってきた。
忙しい(お互いだけど)母に代わって私が処理係に。
初めて梅酒を漬けてみましたよ。あと梅ジュースも。
すんごくいい匂いで、より分けてヘタをとりながら
「あー幸せ」と独りごと言いつつ。
出来上がりが楽しみです。これでまた1日ロス 笑
でもいいリフレッシュの時間になりました。
結果次第では果実酒作りにはまるかも。
西表島で飲んでたシークヮーサー酒も美味しかったな。。


島ではサガリバナのシーズンに入った模様です。
過去の記事にも載せましたが、本当に一度は見てほしい風景です。
こちら→南の楽園 ’14
2014か…早いな



2017/06/08

DM入稿中


ギリギリ(いつも)の行程でDMただいま入稿中。
こういうことが久しぶり過ぎて戸惑いながらも
むかしに少しでもやっててよかったなーと思いました。
彫金を始めてからの初個展になります。


まずはですね、PCにillustratorをダウンロードするところから(!)でしたよ。
持ってたソフトは古すぎてとうに使えず。
なんだかんだ別のもので対応してきましたが、
要・完全データ入稿ということで導入しました。


この作業は嫌いじゃないけど、
いかんせん知識が乏しすぎて最低限のツールで限界です 汗
にわのわの合間だったとはいえ精一杯。
最近のDMはみんな素敵なんだなー
一部補正したかったのを忘れたのはバレないはず 笑


できるだけお届けしたいのですが
どこまでできるかしら。


***


こちらからもひとまずご案内をば。


studio trico  exhibition
「 Yellow   」

2017.7.7 (fri) - 15 (sat)
※10・11日は休廊日です
12:00 - 19:00 (最終日 17時まで)

ギャラリープリズムプラス
http://garasukikakusya.com/
硝子企画舎さんが運営する錦糸町のギャラリーです。













































***


余談

タイトルはあれこれ考えたけど、
説明的なのも抒情的すぎも何だかなーと思っていたところで
決まらぬまま写真撮影。
背景は黄色がいいなーと撮ったあとで
なんかまぁ、縁起のいい(?)色だし
ワタシ日本人だしとか納得して決めました。
なので深い意味など全くないのです。あしからず。
紙の質感・色の仕上がりもどうなってるかなー
校正なしでデータ入稿って怖いですね。。

2017/06/07

いつだって過程


にわのわが終了しましたー
充実した二日間でした。
20年ぶりに再会をした人が二人もいてビックリ。
みんないろいろ変わりながらも人としては変わらない。


いくつかの野外イベントに出ているけれど、
あそこはやっぱりエネルギーが溢れている。
主催者の方々が力を合わせて同じ方向に進んでると、
何倍にもなって周りを巻き込んでいくんですね。


これで一息つくのはまだ早く、
7月には今シーズンの山場が待っています。
しかも2件は初日が被ってるってどういうことなの。


***


今だけ忙しいから弱気になるのかも知れないけれど、
もうちょっとロハスな方向に向けて今まさに
今後の方向性をどうしていくか模索中です。
あくまで私の希望する活動ペースの話なので、
もっと要領よくとかガンガンやれよ的なのはむーりー。


保証のない自営業は、だからこそ望む方向を選びたい。
今のままでもし仕事量が増えていくことになったら
ちょっと怖い。手首痛い、足腰弱る。。(←けっこう切実)
なんならば失った方が気持ちがいいかも 笑
言うほどの知名度ではありやせん。
だからこそ小回りの利く小さな船。


信じてトライだな。失敗してもいいよね。


***


『何かを始めるとき、
「何をしたか」ではなく
「どんな気持ちで始めたか」が
 その後の現実を作り出す』


と言った人がいた。
その思いの源泉に気付かずに検討しないままいくと
膨らんだ現実が主張しはじめて手が付けられなくなっていくと。
好きで始めたことがいつの間にか自分の意思から離れて
持て余してしまうようなこと、色んな世界でもあると思う。


やっぱり、何でやってるかというと
楽しくてちょっと得意でしっくりきてるからなんです。
理屈ではない部分を新鮮に保ち続けるために
壊したり捨てることも勇気がいるけど必要だ。
そういうのヒョイっとできるタイプじゃないので
縛られず流されず進化し続ける人を尊敬します。


ごちゃごちゃ書いたけど、自分に言い聞かせているだけです。
こうやって頭を整理するといいのよ。


***


あ、「やりたい」が「やらなきゃ」になったら、
ゲームオーバーだってさ。
違和感はそのままにせずちゃんと見ていこう。


2017/05/13

いいことあった


ここに出してみたいなーと思っていたイベントがあって、
どうやったら繋がれるのかなぁと思っていたので
そうだ7月の個展にはバイヤーさんに
DMを出してみようかなと考えていたら、
なんとあちらからお誘いが来た。

ビックリ。

もうひとつ些細なことだけど、
こういう展開になったらいいなと思ったら
まんまとそうなった。

スゴーイ。




誕生日の禊のおかげかな?なんて。
そしたら、他にもお願い事いっぱいあるんすけど。

調子に乗ったらスベるかな。
どうかな。




2017/05/12

市川左團次に学ぶ、あけすけであることの強さ


市川左團次さんはテレビで語る。
飄々と
淡々と
シレッと
かつダンディに。
己のSMクラブ通いの話を 笑
まるで囲碁クラブくらいに 笑笑


周りも笑って聞いている。
引いてる人もいたかも知れないが、
本人が秘密にするようなことではないと
堂々と語れば何だか愉快なネタということになる。
まぁ、そもそものキャラもあるし
みんながみんなそれやって同じ結果にはならないか。


物事は、隠したときに初めて
弱みになるんだなと思った。
弱みと思うから隠すのか?
それを「○○ですが、何か?」ってなったら
たいてい「いや何でもないです…」になるもんね。


左團次さんは、悩みがないそうです。
隠すものもタブーもなくあけすけ。
芸能界においてそのスタンスは
最強の護身術ではないかと思った。


同じように、正直である人は強いと思う。
短所と思うとこを繕ったり
気持ちをごまかしたりせずに、
そのまま自分のまま。
それ否定する気持ちがあるから隠そうとするんだもんね。


まずは自分を肯定するところと
人の反応はそれとして分けれることかな。


***


人前であれこれ聞かれることが苦手だった。
個人個人で親しくなりたい場合は別として
相手が興味本位と勢いづいてる様子を察すると
急いで扉を閉めていた 笑
今思えば、知られたくないことがいっぱいだったんだろうな。
何を守っていたんだろうねぇ。





2017/05/09

ゴールデンウィーク終了


今年も無事に終了しました益子陶器市。
ここはただの自由帳ゆえにいつも事後報告 笑


春は毎回の会期が9日前後あり、
過去にはだいたい全日で出展していたのですが
今回は心と体の健康のため前半5日間にさせてもらいました。
次のイベントの準備も予想してのことです。


結果正解だった。
帰省していた姉家族たちとも遊ぶ時間があったし
友人との集会にも遅れずに参加。
体力も残ってるから、仕事もしっかりやって原型の作成から発注まで。
去年は疲労困憊で終わってから2・3日は呆けてたなー
遊んでなかったし。
ここ最近にないゴールデンウィークを味わえました。
会場は会場で楽しいんですよ。


まあ、常日頃コツコツと準備できていれば回避できるとこもありますけどね。
徹夜続けて準備からの、会期中の早朝車通勤は堪えます。
大多数の出展者は皆さん全日だからあんまり泣き言も言えないですけれど。


***


自分の品物の売り場などについて、
周辺の要望と自分の理想と現実とアレコレ。
売り場は欲張ればウェブやら海外やら広がりを持つ手段もありますが、
それにはもはや手が足りないな。
流れに身を任せつつも、よりよく進めるように選択していこうと思います。

2017/04/29

無限の可能性と有限の時間


はじめに

わりと私的なことを綴ってきたこのブログですが、
書き出したら輪をかけてずっしりしてしまいました 笑
およそ作風とは思いもよらない内容ですが
一度出しきってもう軽やかになりたいのと、
なんかどこかから出せ出せと声がするので
読みたい方だけお付き合いください。

お笑い芸人が実は人見知りが多いのと
同じ原理でしょうか(違うか)

長いぜよ。


***
***


また一つ歳をとった。
子供のころに想像していたであろう大人になった自分とは
だいぶかけ離れた今の自分。
好きなことをしているとか失っていない精神性とか
〇をつけてあげたい一方で、年齢という記号の不確かさ?に変な気分になった。


だってさ、あと10年もしたら50歳の扉が目の前なんだよ。
50歳て!大きい孫いてもいい年齢やんか。
10年があっという間ということがもう体感済みだから、
余計恐ろしくなるわ。


***


あれこれ悩んだ30代も佳境に入りました。
情報が溢れかえる時代にいろいろなものを見て聞いて、
グラついたり納得したり。
そして深く掘り下げるほどに根っこにあったものが
とてもシンプルであったことに気づく。


私は、両親に認めてもらいたかった。
何も持たない私のままでいいと言われたかったのだ。


これは幼少期から抱えていた思いではない。
さかのぼること10年位前、一番上の姉が結婚することになり
姉弟間では私だけが未婚となった。


当時の私には、何もなかった。
何もないどころか創作意欲も失い、
何をしたいのかもわからずに暗い淵に沈んでいた。
ただ、「東京でひとりだけど、制作活動を頑張っている」
ということだけが頼りでそれだけだった。


集まる家族が増えてにぎやかになったお盆やお正月の帰省は、
ただ居場所がないばかりか結婚の心配を押し付ける母や
もはや目を合わせない父を再度確認してはまた東京に戻るという
煩わしい行事でしかなかった。
上りの電車を待つホームでいつも歯噛みしながら泣いていた。


両親の心配やもどかしさは愛情からきていることも十分理解はしている。
自分の現状を負い目と思っているからこそ私は傷つくわけで、
誰が悪いということはない。


ただただその出来事から
「結婚しなければ厄介者」
「経済的に自立しなければ認められない」
という脳内変換がなされ、
「何も持たない自分には、価値がない」
という思いが無意識の中に根っこをはった。


そこから上記の「認めてもらいたかった」になる。


これを自覚して少しずつでも吐露していくことが
私の30代だったのかなと、最後の年の区切りの意味でも綴ってみました。


***


「あなたの許可なくして誰もあなたを傷付けることはできない」

相手が傷付けたのではなく、
あなたが持っていた「痛い」と思う部分に触れたということ。
最初から私の方が、何かなければ価値のない人間だと思っていたから。
思考の現実化とはこういうことだ。
自分にないものは認識しないし、あるから起こる。


両親との出来事含め、私がそう思ったからそうなんであって、
実際どうなんだということなんですよね。
「私を傷付けたかったのか?」と問えば100%、NOでしょう。
自分のことは自分しかわからないように、
相手には相手の思いや都合がある。
勝手に推察して飲み込んできたのも良くない癖でした。
傷ついたと嘆くままにせず伝えてみること。
身近な相手だからこそ難しくて、とても大切なことだと思う。


***


書き始めのトーンはどこへやら? 笑
でも、書ききれないほどの葛藤があって今があります。
迷い道、暗いトンネル、荒野か砂漠か。
そう設定していたのも自分ですけどね。


そして道の途中、語り合える友たちと出会い、
いらない荷物を少しずつ下ろし、
欲しいものを選びながら
戦っていた相手が自分だったと知りました。
これからは一番の味方になってもらいます。


そして言いたいことはあるだろうに、
生温かく(笑)置いてくれている両親に感謝します。
本当はずっと愛されていたとわかっています。


沢山の子供たち(姪・甥)を近くで見せてくれる姉弟に感謝します。
彼らの輝きは私の魂の師匠です。


最後に自分。
考えすぎるところ、読みすぎるところ。
短所にして数えればキリがないけれど、
だからこそ歩いてきたこれまでを
とても愛おしく誇らしく思います。
よく頑張った。


これからは、
勇気を出して
もっと自由に
思ったように、やりなさい。



可能性は無限かもしれない

でも

時間には限りがあるんだよ。